あなたの代わりは人が作った機械

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そういう気持ち

昔はなんでも人がやっていた。人が作った機械を使うようになったのは最近のこと。

娘が「これ、面白いよ!」と言って見せてくれた写真は強烈だった。
陸上の短距離走だろうか。競技スタートの瞬間が写っている。現代なら皆同じ姿勢で両手のひらを地面につけて、片膝をつき前を見て・・・といった感じでスタート位置につくはずだ。

その写真は違った。
もちろん現代的に両手のひらを地面につけてスタート位置についている選手もいるのだが、選手の中には立ったままで両手を下にグーの形で体はちょっと斜め前を向いている選手もいる。(それって力入るのか?という恰好)皆さまざまなスタートポーズをとっている。

更に別の写真には、ゴール瞬間の写真もあった。
現代では、ゴールの瞬間を人間の目で捉えるなどということはしないだろう。しかし、その昔の写真には、審判員の数が陸上選手の数だけいたのだった。ゴールの瞬間を目で判断しているのだ。現代ならビデオ判定や何千分の一かのシャッターでその瞬間を捉えることが出来る。しかし、昔はそうしたものが発明されておらず、人が全て行っていたのだ。
そう考えると昔は今とは違った仕事が沢山あったのだろう。
逆に考えるなら、無くなった仕事も山ほどある訳だ。もちろん今、わたしたちがしている仕事も近い将来、人が作った機械に置き換わっている可能性がある。

不安と期待が入り混じる現代。
いつも置き換わるのは人であって、機械のあったところに人が置き換わるなんてことはない

「あなたの代わりは誰もいないよ」

なんて言葉は、とうの昔に死語なのかもしれない。

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