ああ、人違い

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ああ、人違い そういう気持ち

街を歩いていたとき、突然小さい子が手をつないできた事があった。
どうやらその子は自分の親と間違えてわたしの手を握ってしまったらしく、しばらくの間わたしを親だと勘違いして一緒に歩いていた。もちろんその子は安心しきっている顔である。
その子がわたしを見上げた時の顔といったらなかった。
「間違えた!」といったような表情ではなく、恐怖が顔にはりついて声も出ないようだった。一瞬の間があり、「うわーーーーーん」と泣きながら「ママ―!」だったか「パパ―!」だったか叫んでどこかへ掛けて行った。生涯その子は、親と間違えて違う人の手を握ったりはしないだろう。

わたし自身も時々人違いをする事がある。
ショッピング中、妻だと思ってつまらないおやじギャグを言ったら相手が客の女性だったなんて目も当てられない。(その方も、ある意味恐怖が顔にはりついていたようだ)
過去を振り返ってみると、一番多かったのは、途中まで相手と話しながら歩いていて、次の瞬間相手がそこにいなくて一人つぶやき状態になってしまう事だ。その際は、相手を見つけた後「ああ、なあんだそこに居たの?一人でしゃべってたよー」などとわざとおどけてみたりするのだが、実は話している相手がいないと知った瞬間の淋しさは心に落ち葉が舞っていたりする。しかも一度一人でしゃべっていた事を相手にリピートするのはかなり間抜けだ。
人違いは、する方もされる方もちょっとした恐怖である。

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