『人生』という名の自由課題

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人は過去に見たものや体験したものの中からしか創造や想像が出来ないと聞いたことがある。
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【写真/2012年12月17日 笠間の桧佐陶工房で作ったリトルモンスター】


宇宙人を思い描いて下さい、と言われて頭や胴体が大きさや形状こそ違え人間に似通っているものを想像してしまうようなことがある。宇宙人と言われてどうしても手や足がついているものを想像してしまったりする。
もしかすると空気のように見えないかもしれないなどとはあまり考えない。
人は自分の経験からしか想像できないようだ。
空想上の生き物を描いた本があったが、ふだん見ている生き物よりグロテスクだったり色などが奇抜だったりするだけで、どこかしらを足したり引いたりしている感じだった。
わたしが最近気になることは、課題などで「自由に作ってね」と言うととたんに頭を抱える学生が多いことだ。
空欄を埋める問題はすんなり取り組むことが出来るのだが、自由に何かを作らせると生き生きと取り組む学生とすごく悩んでしまう学生がいることに気づいた。
わたしなどは、自由に作って!と言われると嬉しくなってしまうのだが、自由課題が苦手な学生はそうでもないらしい。「先生何かヒントを下さい」などと言ってきたりする。
自由なのだからヒントを出すのも変な話なのだが、学生本人は真剣だ。
自然に触れることは想像力を養う上では近道だと思うが、それはなぜかと考えてみると自然は想像がつかないからだという事に行き着く。
地震や竜巻の被害も想像がつかないし、昆虫や動物の生態もふだんのわたしたちの生活からは想像がつかない。
そんな自然に対して、畏敬の念が出てくるものが普通だが、最近はどうも人間が自然をどうにかできると勘違いしてしまっているようだ。
問題解決には想像力・創造力とも不可欠だ。
しかしながら、自由課題が苦手な学生の人生はうまくいかないこともないと思う。
色々なことを得意とする人々の集まりが社会だと思うので。
ただわたしもこれまで生きてみて、自由課題を常に出されているような気がしてくる。

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