屋根裏の散歩者
江戸川乱歩(著)
乱歩は変態の心の内を描かせたらピカイチである。
タイトル作「屋根裏の散歩者」が収録された文庫本は多数存在している。
わたしの持っているのは、角川ホラー文庫平成6年改訂初版。
収録作品は、「屋根裏の散歩者」「人間豹」「押絵と旅する男」「恐ろしき錯誤」の4編。
良作ばかりである。
表題作「屋根裏の散歩者」では、ふとしたことから自分の住む下宿屋の屋根裏を散歩する事に魅入らされた主人公が登場する。
主人公の名は郷田三郎。
「世の中に興味を失ってしまった男」という設定。精神的に病んでいる。
三郎は、下宿先の部屋の天井から屋根裏にあがることが出来る事を知る。そして、屋根裏に上った三郎は、同じく下宿している他人の生活を盗み見ることが出来ることを知るのだ。
ふとした思いつきから人を殺せるのではないか、と考えた三郎は屋根裏の散歩によって、完全犯罪を企て実行してしまう。
大した動機ももたずに、三郎が人を殺すところを描かれている点は、昨今の無動機殺人を思わせ不気味だ。
一旦は世間から自殺とみられた事件が、名探偵明智小五郎の手によって殺人事件へと解明されて行く様は、少年探偵シリーズを思わせる。しかし、本作は少年向けに書かれた話ではない。
主人公の心理描写や主人公の変態さ加減の描写がリアルだ。
例えば、主人公が屋根裏の散歩をするときの格好の描写では、
彼はまた、この「屋根裏の散歩」を、いやが上にも、興深くするために、先ず、身支度からして、さも本ものの犯罪人らしく装うことを忘れませせんでした。ピッタリ身についた、濃い茶色の毛織のシャツ、同じズボン下
ー中略ー
足袋をはき手袋をはめ...
見るからに変態である。しかし本作を読んでいても、人間そんなことしないだろうとか、それはないだろうなどとは思わないのだ。
違和感無く感情移入できてしまうのは、冒頭で語られる「世の中に興味を失ってしまった男」という設定からだろうか。
「人間豹」が入っている点が本書の面白い所だ。
「人間豹」は「妖怪博士」や「青銅の魔人」などと同じ少年探偵シリーズにあたる。
しかし、初期の小林少年が活躍する少年探偵シリーズとは明らかに違っているのが「人間豹」だ。名探偵明智小五郎が人間豹の恩田にこてんぱんにやられ、最終的に事件も解決せずに話が終わってしまうのだ。若い女性が殺されるシーンも少年向けとは思えない。
「人間豹」は少年探偵シリーズとして、単体で出版されている。本書に収録されているのは得な気がしてしまうのはわたしだけだろうか。
「押絵と旅する男」は、上記の二作とはまた違い絵巻物を見るような作品だ。映像として入ってくる部分が多い。最後には長い夢を見たような感覚で終わる。
「恐ろしき錯誤」は、乱歩の三作目とのことだが、本書の中で一番の傑作ではないかと思う。
妻を火事によって亡くした主人公の心理が、異常とも思われる主人公の行動とともに描かれる。
主人公の北川氏は、妻は殺されたのではないかと疑うのだ。それも昔妻に恋していた自分の恋敵のせいではないかと夢想する。
証拠も何も無い中から、昔の恋敵である野本氏を犯人と決めつける倒錯した北川氏の想像力とその振る舞いが圧巻だ。
あれ程疑っていた野本氏から一通の手紙を受け取り、最後は発狂してしまう主人公。
乱歩が描きたかったのは、「人間の心の中が一番怖いもの」という事実なのかもしれない。
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