蹴りたい背中
綿矢りさ(著)
これは当時19歳だった著者だからこそ書けた小説ではないかと思う。
冒頭の一節から思春期の女性特有のとがった言葉が突き刺さる。物分かりの良い大人からすれば見てはいけないものを見ている感覚に陥るのではないだろうか。
「さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締め付けるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く。紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。気怠げに見せてくれたりもするしね。葉緑体?オオカナダモ?ハッ。っていうこのスタンス。あなたたちは微生物を見てはしゃいでいるみたいですけど(苦笑)」
わたしはこの「さびしさは鳴る」の出だしがとりわけ好きだ。
綿矢りさ19歳当時の作品。本作『蹴りたい背中』が著者のデビュー2作目となる。
『蹴りたい背中』は芥川賞を史上最年少で受賞という快挙を成し遂げた作品でもある。発表当時に読んだら、かなり持ち上げられて情報が正しく伝わってはいなかっただろうから、2019年の現在に初めて読んだわたしは素直にこの作品に触れることが出来る気がする。
文体は、口語体で読みやすい。
わたしは読む速度が遅いので4時間位かかったが、普通の人なら2,3時間で読み終えることが出来ると思う。要するに気軽に読むことが出来る本だ。
ストーリーは、主人公の女子高生ハツが高校に入学して2か月ほどしたところから始まる。
ハツには同じクラスに中学からの親友の絹代がいるが、絹代は高校での新しい友達グループとの交流に熱心で、ハツは少し距離を置いている。理科の実験で先生が放った無常な一言「適当に5人でグループを作れ」のおかげで、ハツは、クラスのどのグループにも属していないことを知ってしまう。この時、絹代は、ハツを一緒のグループに入れなかったのだった。クラスのあまりものはハツだけではなく、一人取り残されたのが「にな川」という男子生徒だった。これをきっかけに、ハツとにな川、絹代を含めた3人の物語が展開していく。
一つ付け加えておくと、『蹴りたい背中』の面白い所は、友人の絹代が主人公に距離を置いている訳ではなく、主人公ハツが親友の絹代に距離を置いているという点である。この設定のおかげで、ややもすると仲間外れやいじめに発展しそうな状況を本書特有の思春期の複雑な感情を表現することに成功しているのだ。
作中の言葉選びも巧みだ。
ドキッとする表現がここかしこに登場する。
これとは正反対に若い人にある素直な心のうちも見て取れる。
くるくる変わる猫の目のように主人公ハツや友人絹代そして蹴りたい背中の対象である同級生の男子生徒にな川ら3人の感情が結論を待たずに物語は閉じられる。
本書の終わり。傷口をナイフでえぐり取るような感覚、というのだろうか。
でもどこか爽やかな気がしてしまうのは、もう鳴ることのないかつての感情がそこにあるからかもしれない。
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