小松左京コレクション3 短編小説集Ⅰ
小松左京(著)
14篇の短編が収録されているが、どの物語もはずれがなく面白い。
しかもどの物語もスケールがでかいのだ。
物語の多くは、宇宙、人類、歴史、ロボット、時間と空間といった視点から繰り広げられる。こうした物語の場合、主人公たちの置かれている背景や行動に説得力が必要だと思うのだが、小松左京の描く短編には、自分が知らないような物理学やら宇宙学などの知識がじゃんじゃん登場して作者の知識に圧倒され知らず知らずのうちに物語の中に引き込まれている。
わたしが好きなものをいくつか挙げてみる。
物体O
これは映画にもなった長編「首都消失」の原点のような話。
突如、日本に正体不明の壁が出現して日本が分断されてしまう。面白いのはこの壁が空まで届くような壁で、壁の外の世界とやりとりはおろか通信すら出来なくなってしまう。科学者たちが調べていくにつれドーナツ状の壁であることが分かるのだが…
この物語の主軸となるのは、壁の内側の人々がこの分断された状況にどう立ち向かっていくか?と言う点。科学者、政治家、大学の教授などなど、日本人ならこう振る舞うであろうといった視点で展開する。
多分、小松左京の小説が面白いのは一つの物語に様々な視点を盛り込んでくるところなのだろう。
後で読み返して分かったがすでに序文に物語のヒントはある
すぺるむ・さぴえんすの冒険
ふざけたタイトルだが、広大な宇宙を旅する主人公たちの目的が最後に分かるとき、人類の悲喜が感じられ泣けてくる。
それにしてもこの視点はなんだろう。「神」が「地球」を見ているようなこの視点。地球人がこうした視点で考えることが出来るものなのだろうかと思ってしまった。
人類とは何だろう?と考えされられ「幼年期の終わり」を彷彿させる。
こういう宇宙
こうした常識を頭から否定するような話がわたしは好きだ。
「あっそうか。世界はそう成り立っていたんだ!」などと思わせてくれるまでの巧みな物語展開が上手い。
ゴルディアスの結び目
この短編集の中では一番強烈な言葉と想像力を持った話だ。
夢と現実を行きつ戻りつ、というかどこから夢でどこからが現実なのか分からなくなってくる。
また、目を覆いたく(小説だが)なるような場面が津波のように押しよせてくる。特に女性は抵抗があるかもしれない。
わたしは経験がないが、麻薬や覚せい剤の類をやるとこのような世界が見えてくるのではないかと想像した。酒に酔った程度ではこの話は紡ぎだせない。
幽霊屋敷
ミステリータッチの作品。
山中で「神隠し」に遭った少年の行方を追った探偵が、その山でのある言い伝えに辿り着く。ある条件が重なると出現する幽霊屋敷とは?その少年の行方は?
あくまでミステリータッチというだけで中身はSFだ。物語の結末だけみれば有名なSFの設定の一つではある。しかし、ここでその設定を持ってくるのか!と感嘆してしまった。
宗国屋敷
前述の「幽霊屋敷」は現代の時代設定だったが、「宗国屋敷」はかなり時代が遡り日本の1700年代くらい(江戸時代くらいだろうか)の語。文体も時代小説のまさにそれ。こうしたジャンルの文章も描けることが小松左京の強さだろう。
宗国とは屋敷の主の名前。宗国と召使や妾の女性たちとの暮らしぶりが描かれる。なんとも優雅な生活なのだが、最後の大どんでん返しで一気に時代を現代にもっていく手法はさすがSF。楽しくなってくる。
御先祖様万歳
明治の祖父が写った写真の背景になぜか最新の新幹線が写っていた!調査に乗り出した主人公の僕は写真の背景にある山に洞穴を発見する。その洞穴は過去に通じていて…
べたなSF設定とも言える。最後に明かされる僕と祖父との関係にひねりが利いている。
全体的な感想
日本SFの草分け的存在小松左京がSF小説という分野にさまざまな知識と手法を総動員して描いた傑作短編集。すでに本書は出版はされていないが、中古本としてはまだ手に入る。
ちょっとびっくりしたのは、この本の出版社がジャストシステムとなっていた事。ジャストシステムと言えば、ワープロソフトの一太郎や日本語入力システムのATOKを作っている会社というイメージしかなかった。これは小松左京全集全5巻のうちの一冊。
小松左京の短編に登場する主人公たちは、人間そのものが描かれている気がする。その場面その場面でどう振る舞うか?ということを読者も考えさせられるのではないか。また宇宙、人類、未来…といった視点で描かれていく物語は一時現実生活を忘れさせてくれる。
この本を読んで、小松左京は「文学的要素の強いSFを描く人」だと感じた。
SFと思って読んでも、SFだと知らずに読んでも面白いという事かもしれない。
補足:もし本書にジャストシステム出版の月報1995年10月という小冊子が付属していれば読むべき
わたしはこの本を図書館で借りた。
これは図書館の担当者の英断だと思ったのだが、出版当時に本に挟まれていたであろうジャストシステム出版の小冊子が単行本の表紙見開き部分にきちんとテープで止められていたのだ。(なかなか丁寧な仕事ぶりですよ笠間市立図書館は!)
同じSF作家の新井素子さんが本書に寄せて「小松さんの物差しの目盛り」と題して書いてくれているのだが、こちらの文も本書をより知る上で面白かった。鋭い視点で書かれていて一読の価値あり。
たぶんこの小冊子が入っている可能性はほぼ無いに等しいので少しだけ引用しておく。
”人類”や”地球”や”生命”サイズの物差しでも、基本になっている目盛りは、やはり”人間”だ。
小松左京コレクション3 小松さんの物差しの目盛り/新井素子 より
小松さんの興味って、どんなスケールのお話でも、「その時人間はどうするか」って処に収斂してゆくような気がする。
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