何のために生きるのか?

アイキャッチ未登録画像 そういう気持ち

冬の寒さも和らいで、春のにおいがしてくるときまって2011年3月の大震災を思い出す。
電気も水も断たれた当時の生活は想像以上に辛かった。かろうじてプロパンガスが使えたことは幸いだったが。

普段使わない単三電池で動くラジオが思いの外役に立った。
ネットもテレビも使えない状態でラジオは我が家の貴重な情報源だった。
ラジオからアンパンパンのマーチが流れてきたときは、なぜか涙ぐんでしまった。どんな気持ちだったんだろう。

妻と子供2人とわたしの家族4人が平日の昼間自宅で顔を突き合わせている。
普段なら考えられない状況で何を会話したのかはほとんど思い出せない。
思い出すのは確かに「生きている」という気がしたことだ。
人は死と隣り合わせの状況にならないと「生きている」気がしないものなのかもしれない。

あの時わたしは生きていた。今も生きている。
アンパンマンは問いかける。「何のために?」
少なくとも震災当時わたしは自分の為だけに生きてはいなかったように思う。
妻も子供たちも同じかもしれない。

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