3月14日。
日本では、チョコレート会社の陰謀である2月14日にチョコレートをもらった男性が、女性にお返し(仕返し)のプレゼントをあげる日だ。
フランスでは昔、カカオは貴重品で貴族の好む食べ物だった、と街の「チョコレート博」という催しで知った。
チョコをいつでも食べる事ができるわれわれは、昔で言えばみんな貴族ということだ。
ところで、わたしが足を運んだ「チョコレート博」は、入口くぐるとパネルが展示されており、チョコレートの歴史などが学べる構成だった。出口はお決まりのお土産物屋というかチョコレートの売店。入口からチョコレートの香りやパネル展示なので嫌というほどチョコレートに洗脳されたわれわれがチョコレートの売店でチョコを買う仕組みだ。
二人で入場して1000円ほどのチョコを買ったので、入場料は無料だったが、実質一人200〜300円の入場料ということか。
展示されていたパネルには、朝からチョコレートを楽しむフランス貴族の絵があった。
もっともこの当時はチョコレートは食べるものではなく、飲むものだったようだ。
チョコを固形化して大量生産を始めたのが、アメリカのハーシーさんというかハーシーという企業だ。
パネルの中でわたしの最も気を引いたものは、1520年のメキシコ市場のパネルだった。
カカオが高級であったとは最初のパネルの説明書きにあったが、1520年のメキシコ市場では、カカオが貨幣がわりに流通していた、というのだ。
カカオ10粒 = うさぎ一羽
カカオ100粒 = 奴隷一人
カカオ100粒で奴隷が買えたというのは、今のお金に直すとどれ位の価値なんだろう。
そもそも奴隷という制度が現代ではほとんどない。
現代では「お金」が物同士を交換する手段として幅を利かせているが、歴史を振り返れば「お金」でない時代もあったのだ。
それこそ『はじめ人間ギャートルズ』の世界ではないが、巨大な石が貨幣代わりの時代もあったのだ。
ところが、昨今のネット上の取引などは貨幣の存在自体が見えなくなってしまっている。
カカオ10粒でうさぎが一羽買えたと知り、驚きはした。
ただ、物の価値は時代とともに移り変わっていくのだと改めて感じた。
フランスの貴族が好み一般庶民が口に出来なかった「カカオ」。
現代でも貴族しか知り得ないものが存在するとしたらどんなものだろうか。
貴族ではないわたしは、現代の「カカオ」が何であるかも知らない。
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