人は同じ景色を見ていない

人は同じ景色を見ていない そういう気持ち

わたしは人型に見える(というか見えてしまう)ものが好きで、単純な例で言えば点が2つあったらすぐに「」に見えてしまうのだ。
一度、2つの点が「」に見えてしまうと全体が「」っぽく見えてしまう訳で、もしその際カメラを持っていればすぐさま写真に撮ってきた。
今までに撮影した顔っぽく見えたものを「FaceBook」と称してホームページ化しようと考えた時期もあった。
わたしが思うにSNSのFacebookよりもわたしが考えたFaceBookの方が先なのではないだろうか?

さておき、この秋、裏庭に種もまいていないのに大根が生えてきた。引っこ抜いてみたら写真のような「足型」だった。
このメタボさん、自分の重さによろめいているのか見方によっては可愛くも見えてしまうから不思議だ。

別の角度から見たら走っているようにも見える。(やはり膝はついている)
人は同じ景色を見ていない

この大根が「足型」に見える人がわたしの他にもいたとして、可愛く見えるか、気持ち悪く見えるかは人それぞれだ。
もちろん大根にしか見えないという人もいるだろう。同じものを見ているようでいて人の見方はそれぞれだ。

風景という言葉があるが、自分の目で見る風景は常に自分の心が写し出されたものと言える。同じ風景でも自分の心模様によって違って見えるからだ。
分かりやすく言えば、毎日見ている妻が「鬼型」に見える時もあれば、「天使型」に見える時もある、という事だ。(毎日「鬼型」にしか見えなかったら人生最悪だ!
明日はどんな風景が見えるだろうか。

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