2008年 10月 の投稿一覧

友だち万歳

皆さん。友達は多いほうですか?少ないほうですか?
ずばり、私は少ないほうです。
誰かと友だちになる時、その人と書面で契約する訳ではありませんので、いつから友だちになっているのかよく分かりませんね。
友だちはいつから始まっていて、いつ終わるのか(終わるんですか?)何だか曖昧さが漂います。
私の友だちはおしゃべりな人は少ないように思えます。私自身おしゃべりではありません。中学生だったある日、国語の先生が「友だち」について語ってくれました。

「友だちっていいものですねぇ。1年ぶり位に会って何も言わないで、ただそこにいるだけなんですけど、いいものですねぇ。」

「ふ〜ん。」と中学生だった頃の私は、その話に感動を覚えませんでした。
ただ、今になって思うと先生のその話は自身「ああ。そうだよなぁ。」と感じます。
「人生の友」と呼ぶことができるような相手がいるならば、それは生きていく心の支えになると思います。
私の一番の友だちは「黄色い車-ユーノス・ロードスター」です。
〓武田〓

人間関係

結局、人と人ってなんでしょうか?
親と子、友達、彼氏と彼女、先生と生徒、先輩後輩、上司と部下、不倫相手、店員とお客、気が合う人合わない人、友達以上恋人未満(って久々に聞きました。しかも意味がよく分かりません)…
つまるところ人と人から全てを抜き取ったら「関係」しか残らないのだと思います。
他人との関係を通じて「自分」というものを認識できているにすぎないのです。
関係をもつ「前」と関係を持った「後」があるのですから、意識的に関係をなくすこともできるはずです。
でも、なかなか人は関係を絶つことができません。
〓武田〓

そこに夢がある

「あきらめること」が嫌いです。
私は可能性がある限り、あきらめたくはありません。
「あきらめない心」の中にこそ、そこに「夢」があると思います。
〓武田〓

うそつき天国

ニュースをみる限り、今や日本はうそつき天国です。
食品偽装問題を始め、教員免許、納豆で痩せるだのマスコミの情報に踊らされる毎日です。
ニュース番組自体が「やらせ」だっと言うニュースもありました。
先日俳優の緒形拳さんが亡くなりました。すぐ後にフジテレビで緒形さんの遺作となる「風のガーデン」と言うドラマが始まり、私も見てみました。生死を扱ったテーマに興味があります。脚本は倉本聰(くらもとそう)であり、そのセリフを緒形拳が言うとやはり味があり、渋いですね。ちょこっと考えたセリフでないことはすぐに分かります。
ドラマを見ていて思ったことは、「緒形拳はこの世にはいないのにテレビでは動いている。」と言う事実です。
動画もある意味「うそ」ですね。
生きていない人でも動かすことが可能です。
映画やドラマ、小説、漫画など私は全部大好きです。
なぜなら「完全にうそ」だからです。
全てうそであれば、安心してみる事ができるからです。
「うそも方便」と昔から言いますが、うそであることがいいことだって世の中には沢山あると思います。
〓武田〓

0と1のあいだ

「白黒ハッキリして」とか「YesかNoか」などの言い回しは日常耳にする言葉です。
コンピュータの世界ではこれらの「情報」は全て「0」と「1」で表されます。すなわち電源のONとOFFです。
例えば、私たちが日常使う「5」という数値はコンピュータの中では「101」と表されます。コンピュータは0と1でしか物事を表現できない為、こうなります。
これを2進数と呼んでいます。
101は電源のON-OFF-ONを表します。コンピュータはこれを人間の目にも留まらない速さで動作させて色々と表現しているわけです。
コンピュータにはこのONとOFFの間。すなわち1と0の間というものがありません。
色で言うところの中間色が無い状態です。白と黒の間にあるグレーと言う色はないのです。
コンピュータとお付き合いをする場合は、「好きなの?嫌いなの?ハッキリして!」と言えば、すぐに「君なんか嫌いだよ」といってくれる訳です。その中間がないので、「う〜ん。よく分からないなぁ」と言われる事はないのです。
でも人間は違いますね。
「はい」か「いいえ」で答えてね、と言われても「どちらでもない」とか「分かりません」という感情があります。
「分かりません」と言われても「今」分からなくて、時が経てば「分かる」ことなのか、それとも「ずっと分からない」ことなのか、それさえも分かりません。
人間は曖昧模糊(あいまいもこ)としています。
悪いと分かっている事をやってしまったりするのはこういった感情がなせる技だと思います。
0と1のあいだは無限です。
〓武田〓