働きたくない人へ

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「『働きたくない』というあなたへ」という本を読んだ。
わたしの知る限り「働きたい人へ」という題名の本は存在しない。
なぜ働きたくないのか?はそれぞれだが、その本に登場する色々な人の意見からすると「時間を拘束されるから」が多いことに気づく。
それに対して「自由は束縛の中にしか存在しない」という意見も出てくる。
「働きたくない」というあなたへ


わたしはどちらの意見ももっともだと思う。
家事も仕事としてとらえたとしても「時間を拘束される」に違いないし、子育ても同様だ。
「自由」にしても完全に自由な時間というものは、長くは続かない。
長くは続かないというより、「自由」を長く続けていくことが苦痛になる。
わたしは3つ目の仕事を辞めたとき、完全に自由の身になった。
何もしなくていいのだ。
会社に辞表を出してからの車で自宅へ向かう帰り道、わたしは叫んだ。
「自由だっ!」
これからは、朝起きて仕事に行く必要がない。
スーツに着替えてあるいは作業着に着替えて会社に行かなくてよいのだ。
いくら寝ていてもいいし、いつ何を食べてもいい。
自由に本を読んで、映画を観て、旅行に行っても誰にも文句は言われない。
これが自由だ、と思った。
2、3日してから、わたしは自由に何か出来る反面、会う人がいないことに気づいた。
会いたい人がいたとしても、みんな仕事をしたり学校に行ったりと何かに束縛されているのだ。
わたし一人が自由でも相手は自由ではないことに気づいた。
もともと友達も多い方ではないので、誰かに会いたいという欲求はそれ程なく、誰か知り合いに会えなくてもやり過ごすことが出来た。
仕事を辞めて1週間くらいたっただろうか。
わたしは少し遠出してみようと思い、茨城県から千葉県にある灯台に出かけた。
確か「地球が丸く見える丘」という場所だったと思う。
灯台からは太平洋がぐるりと見渡せた。
天気もよく、公園に寝そべって本を読んだりした。
帰り道に立ち寄った地元の食堂では新鮮な牡蠣フライを食べた。
ちょっとした小旅行で気持ちが晴れ晴れとするはずだったが、何とも虚しい気持ちになったのを憶えている。
家に近づくにつれ、たとえようもない不安が込み上げてきた。
飲料水を買ったコンビニの店員さんに何か申し訳ないような気持ちになった。
公園で掃除をしていたおばさんにもそう感じていた。
自分は一体全体何をしているのだ、と思った。
誰の役にも、何の役にもたっていないじゃないかと。

仕事をしていて、時々「面倒くさいなぁ」とか「働くのやだな」と感じることがある。
「自由になりたいな」と思うことも度々ある。
仕事を辞めて自由になり、束縛から解放された。
しかし、束縛の中にしか自由は無いのだと、その時わたしは肌で感じた。
束縛から解放された自由なんてちっとも楽しくはなかった。
「けっこうつまらないよ」
「働きたくない人」にわたしが言えることはそんなことくらいだ。

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コメント

  1. パンダ より:

    初めましてとにかく今働きたくなくてこのブログ読ませてもらって確かにそうですよね?自由もたまにだから嬉しいし私も一年間位無職のときがあり退屈すぎてたこと思い出しましたもう少し仕事続けます。ありがとうございました。

  2. mrgarita より:

    こんにちは。
    読んでいただいてありがとうございます。
    わたしは常に働きたくないですね。笑)
    そういう意味ではわたし自身が時々この記事を読んでいます。
    人生自体が、たぶん自由ではないのだろうなぁと思います。
    mrgarita

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